1946

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草案<全文>

毎日新聞報道「憲法問題調査委員会試案」

毎日新聞報道「憲法問題調査委員会試案」1
1946年2月1日

憲法改正・調査会の試案
立憲君主主義を確立
国民に勤労の権利義務

松本国務相を委員長とする憲法調査委員会は昨年十一月第一囘会合を行つてから小委員会、委員会、総会を開くこと廿余囘、各委員から甲案、乙案の憲法改正私案を提出、活溌なる論議を展開、昨月廿六日の委員会で漸く草案を脱稿、二日の総会で可決されるが政府は憲法改正原案を近くマッカーサー司令部極東委員会に提出すべくこれが決定を急ぐこととなり、卅日の臨時閣議に緊急附議、松本国務相から逐条説明を行ひ各大臣から活溌なる意見の開陳があり更に卅一日も臨時閣議を開き検討を行つた
しかして松本国務相の起草した憲法改正草案は調査委員会案を骨幹とし、これに修正甲、乙両案を作成したものであるが次の一試案は調査委員会の主流をなすもので試案から政府案の全貌がうかがはれ、特に重大なる意義がある、調査委員会の一試案は松本国務相の議会で闡明した四原則を基礎とし、わが国は君主国であり天皇は統治権を総攬する根本原則には些かの変更もなく立憲君主主義を確立、国民の自由を保障すると共に議会の権限を強化し憲政の発達に一布石を与へんとするものである

憲法問題調査委員会試案

第1章 天皇

第1条 
日本国は君主国とす

第2条 
天皇は君主にして此の憲法の条規に依り統治権を行ふ

第3条 
皇位は皇室典範の定むる所に依り万世一系の皇男子孫之を継承す

第4条 
天皇は其の行為に附責に任ずることなし

第5条(現状)

第6条(現状)

第7条 
天皇は帝国議会を召集し其の開会、閉会、停会及議院の解散を命ず

第8条 
天皇は公共の安全を保持し又はその災厄の避くる為の必要に依り帝国議会審議委員会の議を経て法律に依るべき勅令を発す
この勅令は次の会期において帝国議会に提出すべし
若し議会に於て承諾せざるときは政府は将来に向つて其の効力を失ふことを公布すべし

第9条 
天皇は法律を執行する為に必要なる命令を発し又は発せしむ、但し命令を以て法律を変更することを得ず

第10条 
天皇は行政各部の官制及官吏の俸給を定め及官吏を任免す
但し此の憲法又は他の法律に特例を掲げたるものは各々其の条項に依る

第11条(削除)

第12条(削除)

第13条 
天皇は諸般の条約を締結す、但し法律を以て定むるを要する事項に関る条約及国に重大なる義務を負はしむる条約は帝国議会の協賛を経るを要す
天皇は条約の公布及執行を命ず、条約は公布に依り法律の効力を有す

第14条(削除)

第15条 
天皇は栄典を授与す

第16条(現状)

第17条(現状)

第2章 臣民の権利義務

第18条(現状)

第19条 
日本臣民は法律上平等なり、日本臣民は法律命令に定むる所の資格に応じ均く官吏に任ぜられ及其の他の公務に就くことを得

第20条 
日本臣民は法律の定むる所に従ひ名誉職及其の他の公務に就く義務を有す

第21条(現状)

第22条 
日本臣民は居住及移住の自由並に職業の自由を有す、公益の為必要なる制限は法律の定むる所に依る

第23条(現状)

第24条(現状)

第25条 
日本臣民は其の住所を侵さるることなく公安を保持する為必要なる制限は法律の定むる所に依る

第26条 
日本臣民は其の信書の秘密を侵さるることなし、公安を保持する為必要なる制限は法律の定むる所に依る

第27条(現状)

第28条 
日本臣民は信教の自由を有す、公安を保持する為必要なる制限は法律の定むる所に依る
神社の享有せる特典は之を廃止す

第29条 
日本臣民は言論、著作、印行、集会及結社の自由を有す、公安を保持する為必要なる制限は法律の定むる所に依る

第30条 
日本臣民は法律の定むる所に従ひ請願を為すことを得

第30条の2 
日本臣民は法律の定むる所に従ひ教育を受くるの権利及義務を有す

第30条の3 
日本臣民は法律の定むる所に従ひ勤労の権利及義務を有す

第30条の4
日本臣民は本草に掲げたるものの外凡て法律に依るに非ずしてその自由及権利を侵さるることなし

第31条(削除)

第32条(現状)

議会に常置機関 
会期延長は議決による

第3章 帝国議会

第33条 
帝国議会は参議院及衆議院の両院を以て組織す

第34条 
参議院は参議院法の定むる所に依り地方議会に於て選挙する議員及各種の職能を代表する議員を以て組織す

第35条 
衆議院は選挙法の定むる所に依り普通平等直接及秘密の原則に従ひ選挙せられたる議員を以て組織す

第36条(現状)

第37条(現状)

第38条(現状)

第39条(現状)

第40条(現状)

第41条(現状)

第42条 
帝国議会は三ヶ月を以て会期とす、必要なる場合に於ては勅令又は各議院の議決を以て之を延長することあるべし

第43条 
臨時緊急の必要ある場合に於て常会の外、臨時会を召集すべし、両議院は各々其の院の議員三分の一以上の賛成を以て臨時会の召集を求むることを得、臨時会の会期を定むるは勅令に依る、必要ある場合に於ては勅令又は各議院の議決を以て之を延長することあるべし

第44条
第一項(現状)
第二項 一院解散を命ぜられたるときは他の院は当然閉会す

第45条 
議院解散を命ぜられたるときは直にその議員の更新を行ひ解散の日より三ヶ月以内に臨時会を召集すべし、但し其の期間内に常会を召集する場合はこの限に在らず

第46条(現状)

第47条(現状)

第48条(「政府の要求又は」を削除)

第49条(現状)

第50条(現状)

第51条(現状)

第52条(現状)

第53条(附加)会期開始前に逮捕せられたる議員は其の院の要求ありたるときは会期中之を釈放すべし

第54条(現状)

第54条の2 
帝国議会に議院法の定むる所に依り帝国議会審議委員会を置く、帝国議会審議委員会は両議院の議員を以て組織す
委員は任期満限又は解散に依り議員としての地位を失ふも後任者の就任する迄其の職務を継続すべし

第4章 国務大臣

第55条
第一項 国務各大臣は天皇を輔弼し其の責に任ず
第二項(現状)
第三項 国務大臣は其の在職に付帝国議会の信任を必要とす、議会の一院が国務大臣の不信任を決議したるときは政府は其の院の解散を奏請することを得、但し次の議会に於て其の院更に不信任を決議したるときは国務大臣は其の職を退くべし

第56条 
国務各大臣は内閣を組織す、内閣の組織及職権は法律を以て之を定む

第5章 司法

第57条(現状)

第58条(現状)

第59条(現状)

第60条(現状)

第61条 
行政官庁の違法処分に依り権利を傷害せられたりとするの訴訟其の他行政事件に関る訴訟は法律の定むる所に依り司法裁判所の管轄に属す

第6章 会計

第62条(現状)

第63条(現状)

第64条(現状)

第65条 
第一項(現状)
第二項 衆議院予算の款項に対し廃除又は削除為したるときは参議院は之を現状に復することを得ず

第66条 
皇室内廷の経費は特に常額を定め毎年国庫より之を支出し増額を要する場合を除く外帝国議会の協賛を要せず

第67条(「憲法上の大権に基づける既定の歳出及」を削除)

第68条(現状)

第69条
第一項 (現状)
第二項 予備費を以て予算の外に生じたる必要の費用に充つる場合は帝国議会審議委員会の議を経べし
第三項 予備費を支出したるときは後日帝国議会の承諾を求むるを要す

第70条 (「能はざるとき」の次に「帝国議会審議会の議を経て」を加ふ)

第71条 
会計年度に予算成立に至らざるときは政府は会計法の定むる所に依り三ヶ月以内の期間を限り前年度の予算の範囲内に於て暫定予算を作成し之を施行すべし、前項の場合に於て帝国議会閉会中なるときは速に之を召集し其の年度の前項に定むる期間を除く部分の予算を提出すべし、第一項に定むる期間内に前項の予算成立に至らざるときは第一項に準じ政府は暫定予算を作成し之を施行すべし、前項の規定は此の場合に之を準用す

第72条(現状)

第7章 補則

第73条
第一項(現状)
第二項 両議院の議員は其の院の総員三分の一以上の賛成を経て憲法改正を発議することを得
両議院は各々其の総員の三分の二以上出席するに非ざれば憲法改正の議事を開くことを得ず
出席議員の三分の二以上の多数を得るに非ざれば改正の議決を為すことを得ず
天皇は帝国議会の議決したる憲法改正を裁可し其の公布及執行を命ず

第74条(現状)

第75条(削除)

第76条(現状)



改正試案の焦点

大臣は議会にも責任
衆院の予算審議権尊重

調査会の憲法改正試案の焦点は次の通りである
一、わが国は君主国家であり天皇は統治権を総攬するといふ根本原則を第一条、第二条にはつきり記載、これは臨時議会において松本国務相から既に私見として述べられた線に沿つたものである、明治の憲法制定会議に「日本国」とすべきか「大日本帝国」とすべきか問題になつたが伊藤博文は「大日本」として国連についての抱負を象徴せしめたが、試案は『日本国』としてゐる
天皇は欽仰すべく干犯すべからずとする第三条の天皇は神聖にして侵すべからずを削除し新に行為につき責を負はないといふ天皇の無答責を規定してゐる
議会閉会中は帝国議会審議会といふ常置機関を設け議会を代行しいはゆる緊急勅令等の審議に充ててゐる
軍の消滅により任官大権の「文武官」の「武」を削り、また第十一条の統帥大権、第十四条の戒厳宣言の大権を廃止した、また条約締結はそれが法律事項であつたり国民に重大なる義務を与へるおそれあれば議会の協賛を経なければならない
一、第十九条に日本国民は法律上すべて平等であるとし基本権を尊重、封建的身分制を廃除してゐる、それに関聯し栄典大権から「爵位勲章」を削つてゐる、また信教の自由と共に神社の特典はこれを廃止するといふ条文を新に加へ、一般宗教と同一に扱つてゐる
この章では国民の権利義務は十分保障されてゐるが今日の社会情勢から当然の結果として新に勤労の権利義務が加へられたことは特に注目される
一、貴族院を参議院と改め皇族、華族議員を全廃し新に地方代表、職能代表を以て組織し、これを参議院法なる法律を以て規定、貴族院の特権を廃除してゐる
衆議院議員の選挙の方法を特に明記し普通平等直接及び秘密の原則を掲げてゐる
従来は議院の会期の延長、臨時議会の召集及び期日はすべて勅命によつたが今度は議会の議決で決め得ることになつた
一、従来は大臣は天皇にのみ責任を有し議会に対する責任は慣習的のものであつたが、これをはつきり明文化し、大臣は議会の信任を必要とする、これは議院内閣制への実現である
従来は国務各大臣は内閣を組織すると内閣官制に規定されてゐるが、これを憲法に明文化し内閣制度を確立、その責任をはつきりさせてゐる
枢密院は美濃部博士、宮沢東大教授は廃止論であり自由党、民間憲法案も同じく封建的牙城として廃止してゐるが、政府案はこれをどう取扱ふか注目される
一、行政裁判所は廃止され司法裁判所がこれに代る
一、特に衆議院の予算審議権を尊重し、参議院はただ冷静に審議し衆議院の原案に対しイエスかノーかをいふだけとなつた、従来は予算不成立のときは前年度の予算を踏襲することになつてゐたが三ヶ月の期間を限り暫定予算を樹てこれに充てる
一、憲法改正の発議は議会にも与へられ三分の一以上の賛成があれば発議し得る



社説

憲法改正試案に対する疑義

政府の憲法改正試案は一般的にいへば相当の進歩案に違ひない。しかし憲法の中核ともいふべき天皇の統治権については、現行憲法と全然同じ建前をとつてゐる。即ち天皇を君主とし、日本国は君主国であるとなし、天皇が統治権を総攬すとすることにおいて、これまでと変りはないのである。天皇が日本の君主であるといふことには、われらは固より異議はない。ただそれは、天皇を日本国民の形式的、儀礼的の代表者と考へる意味においてであつて、その意味において、国内的には立法、行政、司法三権の上に在つてその源泉となるところの国家最高最終の意思決定者であり、また対外的には条約の締結名義者であるとする天皇ならばよい。然らずして実際上にも天皇の自由意志の発動を認めるといふのであれば、それは将来天皇に責任を帰するやうな議論の行はれる事態の生ずるおそれもある。この改正案では、さうした自由意思の発動のやうなことは固より希望してゐないのかも知れない。英国式の君主として、天皇の統治も、形式的な国家意思決定手続に過ぎないと考へてゐるのかも知れない。今上陛下が英国式のものを希望してをられると伝へられてゐる以上、政府がさうした考へをもつてこの憲法改正案をつくつたことは当然想像される。しかしそれならばそれで、かかる天皇の地位を明文化しておく必要がある。さうでなければ将来の天皇が独裁政治を企図するものによつて利用されぬを保し難いのである。
この点は各方面の憲法改正案で根本論として論議されてきたところであるが、政府は今後わが国における民主主義的政治思想の発達成熟によつて心配ない状態に進み得ると考へてゐるのかも知れない。しかし、わが国における民主思想は実際的にはまだ発足したばかりの幼稚な段階にあるに過ぎず、今後それが正常な進展をするものかどうかについては、まだ意を安んじてはゐられないのである。或る程度まで進歩して初めて一つの落着いた方向を見極めることが出来るのである。英国はその不文憲法において、即ち国民的常識において、国王の「君臨すれども統治せざる」立場が確立してゐる。わが国の成文憲法において英国式を採らうとするならば、この実質的不統治の原則を何等かの形で憲法に明かにして置く必要があらう。もし英国式形態を採らずして、天皇の自由意思を認めるといふことであれば、それは明かに民主主義に逆行することになる。
この天皇の政治的地位に関することを除いては、今囘の改正試案は時局に適応した多くの進歩を示してゐる。貴族院を参議院として、地方議会代表と職能代表をもつて組織するといふことは現在の貴族院の根本的破壊である。これで第二院としての正しい使命を遂行し得るものと期待してよい。また内閣が議会に対して責任を負ひ、議会の信任によつて初めて存立し得るとすることも当然のことながら、これを憲法に明記するとしたのはよい。ただ、議会の会期を現行通り三ヶ月に限つたのはどういふ理由か。政府が年中議会に引張り出されてゐては、仕事が出来ないといふ理由からかも知れない。しかし、そんな考へ方は余りに事務的である。いつでも議会は開かれてゐるといふそのことが、民主政治の最大要件であつて、議会と政府がその趣旨に徹すれば決して行政事務に累を及ぼすことはないのである。閉会中議会に代る委員会をおくといふやうな姑息な案には賛成出来ない。
その他、内閣と議会との権限関係について、この試案はまだ再吟味を要する点がある。例へば内閣の議会解散権は、この試案のやうな認め方では濫用されるおそれがある。何等かの方法で解散権をもつと制限するか、或は議会の解散は国民の投票によつてのみ行ひ得るとした方がよい。また首相の任命方式については試案は現行法と変りがないが、これは両院議長の推薦なり、議会による選挙なりの方式を踏む方がよい。議会の信任せぬ首相は在任出来ないといふ規定をおくとしても、任命そのものに議会が関与しない以上は、政変を多くし、政府と議会との衝突によつて政局の不安定を招き易い。
要するにこの政府試案はまだ文字通りの試案と考へたい。憲法改正の問題は軽々に扱はれてはならない。その内容のみならず改正の時期如何が殊に重要な問題であることを重ねて指摘したい。その時期の問題は来るべき改正憲法にはどの程度の永続性を考へるべきかといふ問題をも伴ふ。時代の推移によつて憲法が再度の改正を施さるべきことを予想するかせぬかが、立案に当つての大きな鍵となることを忘却してはならない。